| ■ブランドのご紹介 |
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*取り扱いブランド・商品情報は予告なく変更となる場合がございます。ご了承ください。 |
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AGATHA / アガタ
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キュートなスコティッシュテリアのマークでおなじみのアクセサリーブランド「アガタ」は、1974年にパリで誕生。 現在、19カ国に約200店舗を展開しています。
ボルマークのテリアをかたどった愛らしいデザインから、シンプルな着こなしのアクセントになるシルバーやターコイズブルー、大胆なハート型、上品なシルバーとホワイトのコンビ、 ゴージャスなラインストーンまで、アイテム数はなんと2000。シーンやコーディネートに応じて、幅広いチョイスが可能です。尾のアクセントになるシルバーやターコイズブルー、大胆なハート型、上品なシルバーとホワイトのコンビ、 ゴージャスなラインストーンまで、アイテム数はなんと2000。シーンやコーディネートに応じて、幅広いチョイスが可能です。
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ALEXANDER McQUEEN /
アレキサンダー・マックイーン
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1996年、27歳でロンドンコレクションにデビューしたアレキサンダー・マックイーン。 アヴァンギャルドなデザイナーの一人として脚光を浴び、最近では、エレガントさを色濃く出した新たなスタイルにも注目が集まっています。
1969年ロンドンで生まれたアレキサンダー・マックイーンは、16歳で高校を中退。 イギリス王室御用達テーラーであるギーブス&ホークス、 映画のコスチューム製作で知られるエンジェル&バーマンズで、16世紀のカッティング方法などを習得。 立野浩二やロメオ・ジリらの下でも研鑚を積み、 1992年に名門セントマーチンズスクール・オブ・アートを卒業。1996年から2001年3月までジバンシーのアートディレクターを務め、現在はグッチグループの傘下で自社ブランドを発表しています。
イギリス最優秀デザイナーに3度も選ばれ、デビット・ボウイやローリングストーンズのツアー衣裳も手掛け、過激な演出によるコレクションでも有名。 2001年からカジュアルライン「マックイーンズ」をスタートし、2002年春夏からパリコレクションにも参加。 アイスランド出身ミュージシャンのビョークをはじめ、他分野のアーティストとのコラボレーションにも精力的に取り組み、独自の世界を創造し続けています。
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ANN DEMEULEMEESTER /
アン・ドゥムルメステール
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1959年生まれのベルギー出身デザイナー。アントワープ王立芸術アカデミー出身で、 ドリス・ヴァン・ノッテンらとともに「アントワープの6人」と称されています。
1986年、ロンドン・コレクションでデビューした後、1992年にパリでレディースコレクションを発表。 カール・ラガーフェルドは「クイーン・アン」と呼び、アメリカン・ヴォーグが「ニュー・アルマーニ」と呼んだという逸話もある、実力者です。
黒と白のモノクロームに、革やシルクなど異なる素材で変化をつけたデザイン、ロックテイストのハードなプリント、 流れるようなシルエットなど、アーティスティックな世界で熱狂的なファンを増やしています。
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ANTIK BATIK /
アンティク・バティク
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1992年に生まれたパリのブランド。大人の雰囲気を漂わせたエスニックテイストの服やバッグが人気で、 パリジェンヌ御用達ブランドの一つです。
アンティク・バティクは、マルセイユ出身のクリストフ・ソヴァとトリノ出身のガブリエラ・コルテーズの2人の友情によって始まりました。 数年にわたって世界中を旅した2人は、旅先で出会ったさまざまな文化にインスピレーションを受け、独学でファッションデザインの道に。 1992年にブランドを立ち上げたのですそれぞれの文化の職人仕事に刺激を受け、2人の感性を通して表現。 伝統の美しさと現代感覚がミックスされて、大人のかわいさを演出してくれます。
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ARMANI COLLEZIONI / アルマーニ・コッレツィオーニ
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イタリアを代表する一大ファッションブランド。 "ジャケットの王様"と呼ばれた創立者でデザイナーのジョルジオ・アルマーニは、1934年生まれ。 ミラノの大学で医学を専攻中、兵役で大学を離れ、兵役終了後の1957年からミラノの百貨店で紳士服バイヤーに。 1965年、「セルッティ」社のメンズウェア「ヒットマン」のデザイナーに就任。1975年、セルジオ・ガレッティと共同で「ジョルジオ・アルマーニ」のを設立し、絶妙なカッティング技術で一躍有名になります。 1980年代後半には、紳士服のカットを生かして考案した女性用ソフトスーツがブームとなり、またハリウッド映画「アメリカン・ジゴロ」などの衣装も多く手がけました。 完璧主義者として知られ、数々の賞を受賞したアルマーニは、"ミラノの帝王""巨匠中の巨匠"とも呼ばれています。
「装うことを楽しもう」がコンセプトで、アルマーニの雰囲気を伝えながらも、カジュアルでモダン、 かつ自由なコーディネートができるデザインが特徴です。ランジェリー風ドレスに、ほどよく肌を見せるカットがきれいなニット、スポーツウェアやキャップ、 ロゴ入りティーシャツまで、ラインナップも多彩。ちなみに「エンポリオ」は「市場」の意味。
同年に「アルマーニ・ジーンズ」、1982年に香水、87年にメガネと靴下のライン、91年からはアメリカンカジュアル「アルマーニ・エクスチェンジ」を発表。最新ラインは、 2000年秋冬から発表しているビジネスライン「アルマーニ・コッレツィオーニ」。
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ARTHUS-BERTRAND /
アルチュス・ベルトラン
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1803年創業、パリのサン・ジェルマン・デ・プレに本店を構える勲章とメダル製作の会社。 ナポレオンの勲章、フランス国家に功績のあった人に贈られるレジオン・ドヌール章の勲章、大統領が着ける名誉勲章、芸術院会員の剣などを創作。 フランスの歴史に残る人物や出来事とともに歩んできました。また民間企業や団体のためのトロフィーやメダル、婚約や結婚のための指輪、 洗礼式などキリスト教のお祝いのための十字架の製作、アンティーク・ジュエリーの復刻も手がけています。
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BALENCIAGA /
バレンシアガ
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1915年、スペイン生まれのクリストバル・バレンシアガが創業。 現在では、「エディターバッグ」などをセレブが愛用していることで知られ、憧れのブランドの一つに挙げられるブランドです。
1895年生まれのクリストバル・バレンシアガは、1908年頃から仕立て屋で修行を始め、21歳のとき、アトリエ「バレンシアガ」を開業。 1936年のスペイン内乱を機にパリに移住し、翌年、初めてパリ・コレクションに参加。その後、ウール生地の「黒いドレス」シリーズ、 Iラインのドレスなど、シンプルかつ前衛的なデザインを次々と発表しました。ユベール・ドゥ・ジバンシーが「彼はスタイルだけでなく、 テクニックも創造した。彼はオートクチュールの建築家」と賞賛するなど、後のデザイナーに影響を与えました。
現デザイナーはフランス人のニコラ・ゲスキエール。ジャン=ポール・ゴルチエ、ティエリー・ミュグレー等でのアシスタントを経て、1995年に「バレンシアガ」へ。 1998年の春夏コレクションからチーフデザイナーに就任しています。
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BARBARA BUI /
バルバラ・ビュイ
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バルバラ・ビュイは、フランス人とヴェトナム人のハーフ。 パリで生まれ、大学で文学を学び、一度は女優を目指しますが、1982年に演劇のクラスで出会ったウィリアム・アリミとともにモード界に転身 (以来ウィリアム・アリミは、公私ともにバルバラのパートナー)。1983年、2人はパリのエティエンヌ・マルセル通りにブティック「Kabuki」を、 1988年には自身の名前を掲げた「バルバラ・ビュイ」をオープンします。1990年代にNYへも進出。 現在はパリの高級ブティック街のモンテーニュ通りのほか、イタリア・ミラノにも店舗を構えています。
バルバラ・ビュイのスタイルは、女性の繊細さと攻撃的な部分、強さと弱さといった、相反する2つの要素をバランスよくミックス。 シルエットは細身に作られ、 服の美しさとそれを着る人のシルエットも引き立てます。ラインが美しいパンツ、シャープな靴やバッグも人気。 一方、パリのブティック近くにカフェをオープンさせたり、彼女の世界をイメージしたCDも発売するなど、彼女の世界観をさまざまな分野で表現しています。
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BAUME & MERCIER /
ボーム&メルシエ
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エレガントなブレスレットウォッチから頑強なスポーツウォッチまで、 あらゆる場面に対応する高級時計づくりで知られる「ボーム&メルシエ」。1830年、スイス・ジュネーブで、ボーヌ家の2人の兄弟によって創設されました。
スイスのジュラ地方の地主だったボーム家は、16世紀から時計産業にかかわり、同地方の時計産業の発展に寄与しました。 1844年にはロンドンに支店を開業し、1851年にロンドンに現地法人を設立。イギリスやアイルランドをはじめ、オーストラリアやニュージーランドにまで商圏を広げていきました。
1918年、3代目ウィリアム・ボームの共同経営者となったポール・メルシエの名を取り、社名を「ボーム&メルシエ」に変更。 伝統を重んじるウィリアム・ボームと、野心家で芸術愛好家でもあったポール・メルシエという2人の異なるパーソナリティーによって、さらに国際的な知名度を上げていくことになります。
代表作は、1973年に発表されたウォッチブレスレット“ギャラクシー”や、ジュエリーのように流れる輝きを演出する“キャットウォーク”、 耐久性と機能美を併せ持つ人気スポーツウォッチ“ケープランド”など。 伝統に裏付けられた技術と美的センスの完璧なバランスが、このブランドのモットーといえます。 ちなみに、文字盤やリューズに刻まれているギリシャ文字のΦは、1964年から採用されているブランドのシンボルマークで、完璧なバランスを意味しています。
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BERNARDAUD / ベルナルド
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1863年、フランス有数の磁器の街リモージュで、レオン・ベルナルドによって創業された高級食器ブランド。 150年にわたり、各国王室や一流ホテル、一流レストランのシェフたちに愛用されつづけている世界のトップブランドです。
「ベルナルド」の名は、ナポレオン三世の皇后ユージェニーから注文を受けたことをきっかけに世界に広まり、1889年と1925年の国際装飾博覧会では金賞を受賞しています。 1867年、ユージェニーへの贈り物として製作された美しいバラ模様のシリーズ「ユージェニー」は、現在、復刻版が製作されています。
「ベルナルド」のデザインのパターンは、「クラシック」「エレガント」「カジュアル」「モダン」の4種。愛らしい野バラと幾何学模様を組み合わせたロングセラー「シャトーブリアン」、 24金とプラチナを使用した華やかな「ヴァルカン」、ルーブル美術館の外壁レリーフをモチーフにした「ルーブル」、 ブルーやミントグリーンのストライプが斬新なデザイナー作品 「ギャラリーロワイヤル ブラックチューリップ」、グリーンの葉模様と金彩色が繊細な「フリヴォル」、 和風の雰囲気を取り入れた「フュージョン」など、そのデザインは実にバラエティー豊か。
クラシックで気品あふれる作風を守りつづける一方、大胆でモダンな発想を積極的に取り入れる「ベルナルド」の食器は、 私たちにつねに新しい刺激とコーディネートの喜びを与えてくれるでしょう。
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BODUM / ボダム
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シンプルなデザインのコーヒーメーカーが日本でも人気の「ボダム」。 1944年、ピーター・ボダムによって、デンマーク・コペンハーゲンで創設されました。
ボダム社は50年代、キッチンウェアの分野では画期的な試みとして、建築家とともにオリジナルのコーヒーメーカーをデザイン。 1958年、サイフォン式のコーヒーメーカー・サントスがヨーロッパ中で大ヒットします。 1974年にはデンマーク美術学校教授を迎え、商品から店舗、カタログ、広告にいたるまでデザインを統一。 「良いデザインは高価であってはならない」とのコンセプトの基に、スタイリッシュなデザインで、かつ機能性の高い製品を次々と生み出していきました。
現在、ボドム社は14カ国で展開する世界的企業へと発展。「日々の暮らしの中に、シンプルな美と最高級の器具を」という新たなモットーとともに、 定番のコーヒーメーカーやティーポットのほか、食器や調理器具、バス用品など幅広い商品を発表。 「ボダム」の顔ともいえる「サントス」は機械式となり、 本格的なサイフォン式抽出が家庭で気軽に楽しめるコーヒーメーカーとして、世界中で人気のモデルです。
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BONPOINT / ボンポワン
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フランスの高級子供服ブランド。 1975年、マリー=フランスとベルナール・コーエン夫妻が、パリ7区に ショップをオープンしました。 1988年のニューヨークを皮切りに、アメリカやイギリス、日本など海外 でも店舗を展開しています。 品質とオリジナルさにこだわり、クラシックでありながら、キュートでオ リジナルな赤ちゃん・子供向けの服を提案しています。
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BOSS / ボス
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高級紳士服の代名詞ともいえるこのブランドは、1923年、ヒューゴ・ボスによってドイツに設立されました。現在ではメンズだけでなくレディスウエアも手がけ、靴、サングラス、時計、フレグランス、コスメなど幅広いコレクションを発表。最高級のテクニック、そしてクラシックでモダン、機能的でエレガントなスタイルによって、100を超える国で信頼のブランドとして愛用されています。
エレガントなメンズ&レディスのビジネススタイル「ボス・ブラック」、レジャーウエア「ボス・オレンジ」、機能的なスポーツウエア「ボス・グリーン」、個性的でアヴァンギャルドなライン「ヒューゴ」、高級メンズライン「ボス・セレクション」と、スタイルの異なるラインを打ち出しています。
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BOTTEGA VENETA /
ボッテガ・ヴェネタ
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やわらかいなめし革のメッシュバッグで有名なイタリアの高級革製品ブランド。 1966年にヴェネチア近くのヴェチェンツァで誕生しました。ボッテガはイタリア語で工房のこと。ヴェネト地方の革職人の伝統に根ざし、手作業で丁寧につくられた革製品は、 シルクにたとえられることもあります。
2001年にグッチ・グループの傘下に入り、オーストリア人のトーマス・マイヤーがデザイナーに就任。 伝統に革新的なスタイルを取り入れ、 光沢のあるメッシュバッグにピラミッド型のショルダーバッグなどを発表。ブランド知名度は一気に拡大しました。 イタリアはもちろん日本やアメリカでもショップを展開し、プレタポルテやサングラスなども発表しています。
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BOUCHERON /
ブシュロン
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1858年創業。世界五大宝石商(グラン・サンク)の一つ。 「カルティエ」や「ショーメ」「ヴァン・クリーフ&アーペル」など並んで、ヴァンドーム広場に本店を構えています。
創業者のフレデリック・ブシュロンは28歳のとき、パレ・ロワイヤルに宝飾店をオープン。世界初の宝石と水晶を組み合わせた作品が評判になりました。 美術品のような凝ったジェリーは当然、ヨーロッパをはじめ世界の王侯貴族や上流社会の支持を得、1876年には、国家に功績のあった人に贈られるレジヨン・ドノール勲章も受章しています。 現在のヴァンドーム広場に移転したのが1893年。漆と金で彩色された有名なサロン・ド・シノワ(中国の間)など、現在も当時の姿をとどめています。
アール・ヌーボー、アールデコ、1920年代のエジプト・ブームなど、つねに時代の傾向を反映しながら、歴史的なコレクションを発表。 なかでも、浮き彫りの美しいひだ模様(ゴドロン)は代表的なモチーフで、時計やリングにあしらわれています。
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BURBERRY / バーバリー
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タータンチェックがトレードマークの英国老舗ブランド。 1856年、トーマス・バーバリーが、ハンプシャー州ベイジングストークに洋服店を開業したのが始まりです。
小学校を卒業した後、生地屋で働いていたバーバリー氏は、着やすくて洗いやすい農民や羊飼いの上着に着目。 織る前の布糸に防水加工を施し、布に織り上げた後さらに独自の防水加工を重ねた生地「ギャバジン」を開発し、1888年に特許を獲得しました。 これが世界に知られるバーバリー・コートの生地の誕生です。第一次世界大戦中には、修正を施して兵士にも愛用されました。1911年に初めて南極点に到達した探検家アムンゼンも、 バーバリーのコートを愛用していたそうです。1919年からは英国王室御用達となり、1920年には世界中で知られるバーバリー・チェックを発表。 4年後からコートの裏地にもあしらわれるようになりました。
1997年に経営陣の変更に伴ってブランドイメージを刷新し、新コレクション「プローサム」をスタート。 日本では「バーバリー・ブルーレーベル」「トーマス・バーバリー」の2つのオリジナルラインがあります。
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BVLGARI / ブルガリ
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アルミニウムウォッチなど、シンプルで都会的な腕時計やジュエリーで知られるイタリアの名ブランド。 その歴史は1884年、ギリシャの銀細工師の家系に生まれたソティリオ・ブルガリが、ローマに銀細工店を開いたことにさかのぼります。
20世紀前半には、ソティリオの2人の息子が宝石の分野で事業を拡大し、1970年代にニューヨークやパリ、ジュネーブ、モンテカルロへ初の海外店をオープン。 1977年には、現在も絶大な人気を誇る「ブルガリ・ブルガリ」ウォッチの発表と同時に、本格的に腕時計の世界に参入。 宝飾ブランドとして確固たる名声を獲得していたブルガリは、スイスの時計メーカーと提携しながら、腕時計の分野でも不動の地位を築いていきます。 とくに1998年に発表した「アルミニウム」ウォッチは、世界的大ヒットに。90年代初頭にはスイスにブルガリ・パルファムを設立して香水分野に進出したほか、 レザーバッグやアイウエア、テーブルウェア、スキンウエアなどのシリーズを次々と誕生させ、世界のトレンドを創造するトップブランドに成長しました。
ちなみに、ブランド名はBULGARIではなくBVLGARIと表記されていますが、これはUとVの区別がなかった古代アルファベットに基づいているためです。
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CARTIER / カルティエ
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1997年に創立150周年を迎えた世界的ジュエリーブランド。創始者はルイ・フランソワ・カルティエ。 1847年に師匠からパリのアトリエを譲り受けたのが始まりです。1856年にナポレオン一世の孫マチルド皇女が顧客として訪問。 以後、20世紀初めにはイギリス国王エドワード7世、ポルトガル王カルロス1世、ロシア皇帝ニコライ2世らの御用達店となり、世界中の王侯貴族に愛用されるようになります。
1899年、現在も店舗があるラ・ペ通りに移転。1904年には3代目のルイ・フランソワが、友人のブラジル人飛行士のためにレザーストラップ腕時計を製作。 これが現在も残るモデル「サントス」の原型であり、初の腕時計といわれています。 またルイは、当時もっとも優れた時計師だったエドモント・ジャガーと契約を結び、 部品製造から組立まで自社で行うブランドへと「カルティエ」を発展させます。 1913年には、水晶の中に文字盤が浮いているように見えるセッティング方法「ミステリーセッティング」 による時計を発表(1933年に特許権取得)しました。
第一世界大戦の戦車をモチーフに1919年に生まれた腕時計「タンク」、スリーカラー・ゴールドの「トリニティー」リングとブレスレット(1924年誕生)、 1974年から製作が始まったボルドーカラーのレザーグッズなど、カルティエを代表するアイテムは、時代を超えて世界中で愛され続けています。 現在ではスカーフ、香水、テーブルウェアまで、幅広いコレクションがあります。ちなみに「タンク」をはじめ代表的な時計のほとんどが角型ですが、 これは円を描く針の動きを、あえて人間による角型デザインの中に取り込むという、カルティエの美に対するこだわりなのだそうです。
一方、企業メセナとしての活動も積極的に行っています。なかでも1984年に「カルティエ現代美術財団」を設立。 パリに美術館を開設し、 アーティストに創作と発表の場を提供しながら、現代美術を牽引しています。
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CELINE / セリーヌ
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1945年創業、2005年に60周年を迎えました。セリーヌ・ヴィピアナが夫とともに開いた子供靴専門店から出発し、 1959年に婦人靴、1966年にバッグを発表。 1969年にプレタポルテに進出しました。1971年、セリーヌ・ヴィアピナは、 パリのブランドである「セリーヌ」のイメージに最適なモチーフとして、エトワール広場にそびえる凱旋門を囲む鎖 に注目。 大統領に使用許可を得て、チェーンネックレスを発表しました。このネックレスの成功によって、その2 年後、ブラゾン(紋章)が正式ロゴに採用されました。
1996年からLVMH(ルイヴィトン・モエヘネシー)グループの傘下に入り、1997年11月から、アメリカ人マイケル・コースがデザイナーに就任。 セリーヌの持ち味であるエレガントさに、スポーティーさとセクシーさが加えられました。マイケル・コースは1959年ニ ューヨーク生まれ。 1981年から自身のブランドを発表し、1995年にはオンワード樫山のブランドICBの初代デザイナーと して活躍しています。
2002年に登場した手提げバッグ「ブギーバッグ」は、セレブ達も愛用して大ブレイク。以来「セリーヌ」を代表するアイ テムになっています。 2003年春は、デニム素材の「パリ・マカダム」ラインを発表。19世紀の砕石舗道を意味する名前の通 り、カフェのギャルソンをイメージしたベストやキャスケット(帽子)、 ヒップハングのベルトなどを発表。パリの伝統 に今の空気をたくみに取り入れた新鮮なスタイルは、セリーヌというブランドそのものを象徴しています。
2005年7月に就任した新デザイナーIvana Omazic/イヴァナ・オマジックによる、初めてのコレクションとなった2006年春夏コレクション。高級感あふれるレザーのほか、麻やラムスキン、キャンバス、コットンなど多彩な素材を取り入れて、「セリーヌ」らしいシック&カジュアルのエスプリを表情豊かに表現。夏らしいオレンジやブルー、花のモチーフなども登場して、上品なかわいらしさにもあふれています。
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CHAMTAL THOMAS /
シャンタル・トーマス
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創世界で初めて、ランジェリーをファッションの一部として提案し、 女性に下着をつける喜びを与えたといわれるフランス人デザイナー。
ランの花をゴージャスに刺繍で表現したBroderie fleur tahitienne、レースをふんだんに使ったDantelle faveur、 ピンクやマロン色をギャザーでふんわり仕上げたTulle fronceなど、 肌につけた時にも映える美しい素材使いが特徴です。 また、パステルピンクのギンガムチェックやストライプなど、カジュアルなデザインも、ブラをバストアップスタイルにしたり、 サテンリボンをつけて、大人っぽく仕上げられています。 女性の体をイメージしたボトルに入った香水も人気。
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CHANEL / シャネル
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ココ・シャネル(1883年生まれ。本名ガブリエル・シャネル)が1910年 、 パリ・カンボン通り21番地(現本店は31番地)に帽子店をオープンしたことからスタートした伝説のブランド。 ツイード・スーツをはじめ、 斬新な素材や色を次々と取り入れ、女性の体を開放したココ・シャネルの精神は、現在カール・ラガーフェルドによって受け継がれています。
シンプルなデザインの帽子が、装飾過多な時代の中で大評判になった後、1913年にフランス北部ドーヴィルにブティックを開店。 翌年にはスペイン国境付近のリゾート地ビアリッツにクチュールのみの店をオープンします。 パリの店もクチュールに転換し、本格的にファッション界に進出。顧客が気軽に試着できる店をつくったのも、シャネルが最初といわれています。 シャネルの革新性は、女性のファッションに実用性と機能性をもたらした点にあります。 たとえば男性用下着に使われていたジャージー素材を使い、流れるようなシルエットを提案し、コルセットで固められていた女性の体を開放。 また、喪服でしかなかった黒を取り入れてリトルブラックドレスをつくり、労働着だったセーターを日常着に取り入れました。
1921年、現在本店のあるカンボン通り31番地に店舗を拡張。あまりにも有名な香水「No.5」が生まれたのもこの年です。 「女性そのものの香りがする本物の香水」を依頼されていた調香師エルネスト・ボーは、シャネルに番号をふった10本の実験ボトルを贈ります。 中からシャネルが選んだのが、彼女のラッキーナンバーであった5番でした。
シャネルの代名詞にもなっているツイード・スーツが発表されたのは1928年。 紳士物であったツイード素材の女性服への使用は、スコットランドを訪れた際に着想を得たそうです。 20〜30年代、シャネルの名声は絶頂期を迎えますが、第二次世界大戦が近づいた1939年、店を閉めてクチュール界から引退。しかし1954年、71歳で復活。 当時全盛を極めていたクリスチャン・ディオールのニュールックが、ココ・シャネルの考える女性像と違っていたから、ともいわれています。 1970年、誕生日(7月19日)から名づけられた香水「No.19」を発表した翌年、ココ・シャネルはホテル・リッツの一室で逝去。 1983年、カール・ラガーフェルドがオート・クチュール、プレタポルテ、アクセサリーのアート・ディレクターに就任し、シャネル・ブームが世界的に再燃しました。
一方、化粧品は、黒と白のシンプルなパッケージでおなじみです。完璧に長持ちするメークアップを基本に、機能的で使いやすいブラシや鏡など、 細部まで品質第一主義が徹底されています。ちなみに、「メイクに光を」というココの言葉を受けて、シャネルは「光(ルミエール)」という言葉を製品につける独占権を獲得しています。
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CHANTELLE / シャンテル
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フランスを代表する下着メーカー。 シャンテル社の前身となる会社をジュール・ガミション氏が創業、史上初めて、 ゴム製で伸縮性のあるコルセットを考案しました。1950年代には、ゴム製糸を使った新タイプのガードルを発表し、ガードル市場のリーダー的存在に。 70年代にはパッドのないタイプのブラジャー「デフィ」、21世紀に入るとスポーティーなシリーズ「ディヴィンヌ」などを発表。 時代の傾向、女性の人生観、モードを反映し、新素材と新技術を組み合わせながら、画期的な商品を次々と発表しています。 フランス国内ではランジェリーショップ「ダージリン」も展開しています。
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CHAUMET / ショーメ
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創業1780年。フランス王家御用達としてフランス、そしてヨーロッパの豪華絢爛たる宝飾史を築き上げた、高い格式を誇るブランドです。
創業者のマリー=エティエンヌ・ニトーは、パリのサントノレ通りに宝石店を開店。 1804年、皇帝に即位したナポレオンから御用達宝石商に指定され、聖別式で使用した宝剣、 マリー・ルイーズが結婚式で身にまとう壮麗な宝飾品など、多くの作品を製作しました。 そもそもナポレオンとニトーとの出会いは、1780年、執政時代のナポレオンの馬車が、ニトーの店の前で転倒するというハプニングがきっかけだったといわれています。
ナポレオンの失脚後は、アトリエ主任だったジャン・バティスト・フォッサンが事業を継承。 19世紀の王政復古後には、 ルネサンス時代や自然をモチーフにした華やかでオリジナルなジュエリーを発表。ルイ・フィリップ国王をはじめ、世界の貴族たちを魅了しました。 1885年、ジョゼフ・ショーメが店名を「ショーメ」とあらため、1907年には現在地のヴァンーム広場へ店舗が移転されています。
19世紀後半のベルエポック、1920年代のアール・デコと、時代の流れを大胆に、たくみにデザインに取り入れ、 ファッションや流行に影響を与えてきたショーメのジュエリー。輝かしいショーメの歴史は、世界のジュエリー界の変遷を物語っているといっても過言ではないでしょう。
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CHLOE / クロエ
CHLOE SEE BY CHLOE/
クロエ・シー・バイ・クロエ
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ソフトで軽快、洗練されたロマンティシズムが信条の「クロエ」。 2002年春夏コレクションから、ステラ・マッカートニーの後を継いでフィービー・フィロがデザイナーに就任、 現代女性のニーズにこたえる都会的で若々しいスタイルを発表しています。
「クロエ」は1952年、ギャビー・アギオンとジャック・ルノワールの2人のパリジャンによって創立されました。 1963年にカール・ラガーフェルドをデザイナーに迎え、名声をさらに高めていきます。 1997年、当時26歳のステラ・マッカートニーがデザイナーに就任し、クロエの伝統であるクラシックでソフトなラインに、 モダンでスポーティーな要素をミックスしたスタイルが話題となりました。
フィービー・フィロはパリ生まれのロンドン育ちで、4年間ステラ・マッカートニーのパートナーを務めた後、デザイナーに就任。 女性的で緩やかなラインやベーシックな色づかいに、媚びないセクシーさが加わったコレクションは、 新時代の「クロエ」を象徴しているといえます。
ちなみにブランド名の由来は、ロンゴスの古代小説「ダフニスとクロエにまつわる牧人風のレスボスの物語」を原作にしたバレエ音楽「ダフニスとクロエ」から。
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CHOPARD /
ショパール
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文字盤をダイヤモンドが動く"ハッピーダイヤモンド"で知られるスイスの時計宝飾ブランド。 1860年、スイスのジェラ地方に、ルイ=ユリス・ショパールによって設立されました。 カンヌ映画祭パルムドールのトロフィーを製作していることでも知られています。
1963年、ルイ=ユリスの孫の代で、ドイツの「カール・ショイフレ」に経営権を移譲。 宝飾工芸の伝統に基づいた時計ケースや宝飾時計を製作していたこの会社と、スイス伝統の高い時計技術との融合によって、 "新生ショパール"は、高級時計ブランドとしてさらに飛躍を遂げていったのです。
数々の賞に輝いた"ハッピーダイヤモンド"をはじめ、月と星のダイヤモンドをあしらった「ハッピースポーツ」、 ホワイトゴールドのキューブで構成された「アイスキューブ」など、創造性豊かなデザインも、ショパールの大きな魅力。
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CHRISTIAN LACROIX /
クリスチャン・ラクロワ
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鮮やかな色彩、フラワーモチーフなどで知られるフランス人デザイナー。1951年、南仏アルルに生まれ。イギリス人の先生が着ていたチェックの服にあこがれを抱いていたそう。
パリで美術史を学んだ後、「エルメス」のアクセサリーデザイナーとなり、「ギー・ポラン」助手などを経て、1981年、ジャン・パトゥのオートクチュールのデザイナーに就任。1987年、アルルやカマルグをテーマにした自身の初のコレクションを発表しました。翌年にはプレタポルテのコレクション、89年にアクセサリー(靴、バッグ、ジュエリー)、90年に香水を発表しています。2005年にリニューアルしたエールフランスの制服、フランス国鉄の車両や制服(2007年6月から)、パリのホテルのデザインなども手がけています。
プランタンでの取り扱い:アクセサリー、ランジェリー、香水、メンズ
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CORUM / コルム
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鍵のロゴで知られるスイスの高級時計メーカー。 1924年に会社を設立していたスイスの時計職人ガストン・リースが、1955年に甥のルネ・バンワルトとともに創立しました。 1958年、社名とマークだけの「ノーマーク・ダイヤル」が絶賛され、世界的に知られるメーカーに。 2000年から毎年限定モデルを発表している「バブル」、世界四大ヨットレースのひとつにちなんだ「アドミラルズカップ」シリーズ、 カラージュエリーをベルトにあしらった女性用「ポプリ」など、独創性の高いデザインに定評があります。
ブランド名の由来は、ラテン語で会議の定足数を意味するQuorum。ロゴになっている鍵は、神秘のシンボルであり、解決への「カギ」を意味しています。
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DE BEERS / デビアス
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世界一のダイヤモンド採掘 & マーケティング会社。 創業者はイギリス人、セシル・ローズ氏。 アフリカ・ジンバブエの鉱山を買い上げて、1880年にデビアス・マイニング・カンパニー社を設立。 1888年にはダイヤモンド業界のライバル会社を吸収し、 全世界のダイヤモンド産出量の90%を占めるほどまでに発展しました。
ライバル鉱山の出現で、シェアが激減する危機にも瀕しましたが、それを救ったのが、1930年に会長に就任したアーネスト・オッペンハイマー氏。
中央販売機構CSO(現在名ダイヤモンド・トレーディング・カンパニー)を組織し、安定した価格の維持と独占流通体制を確立。 現在は孫のニッキー・オッペンハイマー氏が継承し、ダイヤモンド業界をコントロールしながら、「デビアス」ダイヤモンドのステータスと安定を保ち続けています。
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DIESEL / ディーゼル
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ジーンズで有名な、イタリア生まれのファッションブランド。 1978年、ジニアス・グループのブランドの一つとして、レンツォ・ロッソが創立しました。 本社はイタリア北東部のモルベナ。 社名「ディーゼル」は、ディーゼルの製法、スペルが世界中で共通であることから名づけられました。 1981年に輸出を始め、1984年にはレンツォ・ロッソがディーゼルの経営権を完全買収して独立。 現在ではトータルファッションを提案するブランドとして、世界中に熱狂的なファンを獲得しています。
商品ラインは、デニムを中心とした「Diesel」、子供服「Diesel Kids」、実験的なコレクション「DieselStyleLab」、スポーツウェア「55DSL」の4つ。 共通するコンセプトは、想像豊かで大胆なファッション、そして独自の人生を歩む人のための洋服を作ること。 斬新なコレクション誕生の背景には、多彩な文化を持つスタッフ構成、そしてそのスタッフに創造の自由を与えるという企業理念があります。 このほか、ビデオゲームの作成やワイン製造、マイアミの超個性派ホテルの経営など、 従来の枠にとらわれないエネルギッシュな活動でも知られています。
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DIM / ディム
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フランスでトップを誇るアンダー・ウエアのブランド。 シンプルで快適、かつセクシーなランジェリーはパンティストッキング、ランジェリー、メンズ・アンダーウェアなど 幅広いアイテムを発表し、ヨーロッパ30カ国で展開。 日本でも2002年秋から、メンズのアンダー・ウエアを販売しています。
「ディム」の始まりは1953年。ベルナール・ジベルスタインがトロイで創業した洋品店。 1958年から、ストッキングの製造をスタート。高品質でおしゃれ、かつ毎日身に着けられる ストッキングというコンセプトから、“ディマンシュ(日曜日)”→ディムの名前が付けられました。 1967年には、小さな紙箱という新しいパッケージングが話題になりました。 その後、女性のランジェリー、メンズ・コレクションも発表。 1999年には、肌の保湿を考慮したストッキング、2000年からはデザイナーとコラボレーションによるランジェリーを発表。 イザベル・マラン、ポール&ジョーなどが協力しています。
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DINH VAN / ディン・ヴァン
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洗練されたラインと幾何学的なデザインが人気のディン・ヴァンのジュエリー。 デザイナーのジャン=ディン・ヴァンは、フランス人とヴェトナム人のハーフ。 カルティエでジュエリー技術やデザインを学んだ後、1960年代に自身のブランドを設立し、 1976年にラ・ペ通りのカルティエ本店の隣に初のブティックをオープン。 フランスの老舗ジュエラーには見られなかった、斬新なデザインで一躍脚光を浴びました。
ベストセラーのペンダント「チャイニーズパイ」、数字の配置がユニークな「765ウォッチ」、 イエローゴールドに小さなダイヤを星のようにちりばめた指輪「セヴンティーズ」など、 余計な飾りを省いたシンプルなデザインが特徴。ぎりぎりにまで純化された美は、時を超えて輝き続ける強さをも放っています。
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DIOR / ディオール
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クリスチャン・ディオール(1905年生まれ)が1946年に設立した、 フランスを代表する老舗ブランドのひとつ。 初コレクションの「ニュー・ルック」以来、世界中の女性を魅了する華やかなスタイルは、ジョン・ガリアーノによって現代に引き継がれています。
裕福な家庭に生まれたディオールは、外交官を目指しますが、当時隆盛だったシュールリアリズムに傾倒。 政治学院の在学中にギャラリーを開設します。 1930年代の世界恐慌のため閉鎖に追い込まれると、幼い頃に遊びで楽しんでいた服飾デザインの勉強を開始。 ディオールのデザインは高く評価され、1938年にロゲール・ピゲ、1941年からはルシアン・ルロンのメゾンで働き始めます。
繊維業界の大富豪マルセル・ブサックの資金援助を得て、ディオールは1946年12月、自身のメゾンをパリ・モンテーニュ通り30番地に設立。 41歳という遅咲きのスタートでした。翌年2月に発表した初コレクションが、細く絞ったウエストや、20mもの布を使い裾をたっぷりと広げたスカートに代表される「ニュールック」。 第二次世界大戦の終結から間もない時代に、贅沢で豪華、そして女性らしさを最大限に引き出したスタイルは、ファッション界に革命を起こしたのです。
1957年にディオールが急逝した後、デザイナーに起用されたのが、一番弟子で若干21歳のイブ・サンローランでした。 1960年代にマルク・ボアンが引き継いだ後、1989年、新経営陣の下でイタリア人ジャンフランコ・フェレが就任。 1996年からは、当時「ジバンシー」のデザイナーだったジブラルタル生まれのイギリス人ジョン・ガリアーノが担当しています。 初コレクションを発表した1997年は、おりしもディオールの「ニュールック」誕生から50年め。 細いウエストに丸い肩、それにミニスカートという、ニュールックの現代版を発表しました。 また有名女優などを起用した広告でも話題となり、女性らしさと華々しさに、若々しさが加わった新生ディオールが誕生しています。
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DIPTYQUE / ディプティック
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1961年創業、香りの文化が根強いフランスで、“キャンドルの王様”と称されるNO.1メーカー。 当初はリネンやイギリスの香水などを扱っていましたが、1963年にフレグランス・キャンドルを発売し、世界的に有名に。 1968年には、初めてのオー・ド・トワレ「l'EAU(ロー)」を発表しています。
その後、オー・ド・トワレや石けんなど新アイテムを追加。現在フレグランスは48種類、オー・ド・トワレは12種で、 良質の素材を丁寧に調合した、飽きのこない上品な香りは、世界中の本物志向に愛されています。 愛用者のなかには、 モデルのナオミ・キャンベルやデザイナーのイネス、女優カトリーヌ・ドヌーブといった著名人も名を連ねています。
ちなみに「ディプティック」とは、フランス語で二つ折り屏風のこと。むだなデザインを省いたポットや黒字のロゴも、 上品でクラシックな雰囲気を演出しています。
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DOCKERS / ドッカーズ
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1986年にジーンズブランドの「リーバイ・ストラウス」社が創立したブランド。 第1世界大戦中に軍用としてアメリカで開発されたというチノパンの代名詞ともいえるブランドで、その売上はアメリカナンバーワン。 こうしたコットン素材のボトムをはじめ、ジャケット、シャツなど、ビジネスにもオフタイムにも活躍する洗練されたカジュアルファッションを提案しています。
人気定番アイテムは、「アメリカン・クラシック」と呼ばれるボトム。丈夫なコットンを100%使用しているうえ、型崩れを防ぐ形状安定加工も施されています。 日本向けには、日本人の体型に合わせた製品が作られています。また、プロがこぞって使用しているゴルフウエアや、 レディーズや子供向けコレクション、ベッドリネンといったハウスウエアも発表しています。
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DOLCE & GABBANA /
ドルチェ&ガッバーナ
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“時代のシンボル”と称される、イタリアを代表するブランド。 「DOLCE&GABBANA」のほか、若者向けの「D&G」、さらにカジュアルな「&(アンド)」の3ラインを展開し、 世界中でカリスマ的な人気を誇っています。
創設者は、ブランド名が示すとおり、ドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナの2人。 1982年、24歳と20歳の若さでスタジオを開き、1985年にミラノコレクションでブランドデビュー。 一躍世界中から注目されるトップデザイナーに躍り出ます。マドンナやホイットニー・ヒューストンのワールドツアーのステージ衣装も制作し、 多くのアーティストやハリウッド女優をファンに持っています。
ドルチェ&ガッバーナのコンセプトは、進化。情熱的で斬新、エレガントかつグラマーなデザインは、 伝統を愛しながら常に変化を求める男性、 そして形式的な常識にとらわれず、華やかさを愛する女性たちへのメッセージであり、ライフスタイルそのものの提案でもあるのです。
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DRIES VAN NOTEN /
ドリス・ヴァン・ノッテン
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1958年、ベルギー・アントワープの仕立て屋の3代目として生まれました。アントワープ王立芸術アカデミーを1981年に卒業。 マルタン・マルジェラ、アン・ドゥムルメステールらとともに、アントワープの6人と呼ばれています。1985年、アントワープにブティックをオープンし、1986年のロンドン・コレクションでデビュー。 パリコレクションには、1991年にメンズ、1993年にレディス・コレクションを初めて発表しました。 その後、ヨーロッパだけでなく、東京や香港にもブティックを展開しています。
シルエットはシンプルでラフ、デザインは柄物より単色使いが多いのが特徴で、オリエンタル風な雰囲気もかもし出しています。 なにより、色そのものの美しさは他のブランドの追随を許さないといわれ、圧倒的な人気を誇っています。
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ERES / エレス
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1968年、デザイナーのイレーヌ・ルローさんが創設したフランスの高級水着ブランドで、 1998年にはランジェリーも発表。パリジェンヌの中には「エレス以外は着られない」と言い切る人もいるほどの人気ブランドです。 その理由は、矯正やパットなどを使わず、女性の体の自然なラインを生かしたカットとデザイン。 肌にぴったりフィットして、黒や茶といったベーシックカラーにトレンドの色や水玉、花柄などでアクセントをつけています。 シンプルで現代的、かつエレガントな「エレス」コレクションは、フランスやアメリカ、日本で、本物志向の女性に愛されています。
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ERMENEGILDO ZEGNA /
エルメネジルド・ゼニャ
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イタリアのメンズウエアのブランド。 北イタリアのトリヴェロ村で1910年、父親から経営を引き継いだ20歳のエルメネジルド・ゼニャがウール工場を創業したのが始まりです。 たった3台の織機でのスタートでしたが、1938年には世界40カ国に輸出されるまでに発展。 60年代には既製服の分野に進出し、現在、世界中に392店(うち直営店142)を構えています。 また2002年には、靴と皮革製品部門の会社ゼフェル(ZEFER)をフェラガモ・グループと共同で設立しています。
エルメネジルド・ゼニャは、トリヴェラ村に公共施設を建設し、森や道路をつくるなど、故郷の発展のためにも尽力。 地元への愛着、環境への愛情、そして素材、デザイン、技術などあらゆる点で最高級を追求するエルメネジルドの姿勢は、現在も同社のポリシーとなって受け継がれています。
香水は2003年、イヴ・サンローラン・ボーテ社から発表。「エッセンツァ・ディ・ゼニャ」に続いて2004年夏用に発売されたのが「Zゼニャ」。 フレッシュなシシリア島のベルガモットにローズマリン、ニューギニアの花カゾア、スパイシーなナツメグや白コショウ、 大地の香りとたとえられるパチュリなどが絡み合う、男性的な香りです。
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FAUCHON /
フォション
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パリ・マドレーヌ広場のシンボルともなっている高級食料品店。 カルバドス地方出身のオーギュスト=フェリックス・フォションによって、1886年に創業されました。
オーギュスト・フォションはまず、フランス中で栽培されている最高のフルーツや野菜の販売からスタートし、1886年に、フランス食料品専門店を開きました。 ビスケットやブイヨンなど、当時の画期的な開発商品も販売し、名声はまたたく間に広がりました。1895年にパティスリーとパンの販売を始め、1898年にはサロン・ド・テをオープン。 高級ホテルや上流階級からの注文が絶えることなく、「フォション」ラベルの商品は、世界中へと広まっていきました。
1952年、フォション家はジョゼフ・ピロソフに店を売却。ピロソフは、エア・フランスと提携し、 外国産フルーツや香辛料など世界中の食品の輸入を始めます。 新しい味覚の発掘という点でも、フォションはパイオニアの役割を果たしたのです。
1960年代には、フルーツのフレーバーティーを初めて開発。1980年には日本でリンゴティーを発売。 これが大成功を収め、その後、高島屋と提携を結んで日本に本格的に進出。現在では110の販売拠点を有しています。
グループはつねに発展を続け、2000年8月にニューヨークに初ショップをオープンしたほか、 2002年11月にパリのフロ・グループを買収。 そして2004年1月、新経営者となったミシェル・デュクロ氏が、革新と現代化に向けた計画を推進。 同年10月にリニューアルオープンしたマドレーヌ店は、 世界を代表する高級食料品としての新たな出発点といえます。
扱っている商品は、お茶120種、香辛料107種、ビスケット90種、フォアグラ30種、ジャム131種、コーヒー70種、料理酢50種と、世界中の一流の味覚がすべてそろっています。 ロシアにも初店舗がオープンしたばかりで、販売拠点は18カ国で約650店に上ります。
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FRAGONARD
/ フラゴナール
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1926年に南仏グラースに創業したフランスの香りの老舗ブランド。グラース出身の画家ジャン=オノレ・フラゴナールにちなんで、ブランド名が付けられました。 現在はグラースのほか、エズ・ヴィラージュ(鷲の巣村)の2つの村に工場を有し、職人の伝統的な製法に、最新の技術を取り入れて、最高の香りをつくり続けています。 工場は一般公開されているので、製造過程を見学することができます。
香水のほか、石鹸、バス用品、キャンドル、オードトワレ、室内フレグランス、アロマテラピー製品など、香りに関するあらゆる小物、そしてジュエリーやリネン類も生産。 ハート型にエッフェル塔、メッセージ入りなど、インテリア雑貨としても人気を集めています。
一方、パリにも2つの香水博物館があり、古代エジプトから現代まで5000年にわたる香水の歴史を物語るコレクションを展示。 19世紀の銅製蒸留装置による花や果実のエッセンス抽出方法を見ることもできます。
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FERRAGAMO /
フェラガモ
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1898年、イタリアのボニートで生まれたサルバトーレ・フェラガモ。 11歳のときナポリの靴屋で修行を始め、13歳で自分の店を構え、14歳でアメリカのボストンにわたりました。 1923年にはハリウッドに開店し、映画俳優を顧客に集めるようになります。 アメリカの機械化した現代的な靴づくりに感銘すると同時に、「これは靴づくりではない」と不満も抱いたというフェラガモ。 デザインだけでなく、完璧にフィットした履き心地のよさをめざし、人間の体などを研究し続けていました。
名声を高めながらも、アメリカでは自分がつくりたい靴ができないと感じたフェラガモは、1929年にイタリアに戻り、フィレンチェに開業。 甲部を透明なナイロン糸でつくった“見えない靴”など特許製品も次々と生み出しました。 グレタ・ガルボ、ソフィア・ローレン、オードリー・ヘップバーンら有名女優がこぞって愛用していたことは有名です。
サルバトーレ・フェラガモが1960年に逝去した後は、家族が継承。現在ではバッグ、プレタポルテ、時計、香水など幅広いアイテムを展開し、イタリア製にこだわり続けています。
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GIVENCHY /
ジバンシー
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1952年創業、フランスのオートクチュールとプレタポルテの老舗ブランド。 1995年にジバンシーが引退した後は、ジョン・ガリアーノ、1996年からアレクサンダー・マックィーンが後継デザイナーとなり、 2001年からはレディスデザインをジュリアン・マクドナルドが担当しています。
創始者のユベール・ドゥ・ジバンシーは1927年にフランス・オワズ県で生まれ、タピスリー工場を経営する祖父の元で育ちました。 法律の勉強を志しますが、バレンシアガにあこがれてパリへ移り、美術学校へ。 在学中の17歳のとき、ジャック・ファットに見とめられてデザイナーとしての活動をスタート。 その後「スキャパレリ」のメゾンでモデリストとして働いた後、自身のメゾンを設立しました。 ウエストもヒップもない自由なライン「シュミーズ・ドレス」(1955年)をはじめ、シンプルなエレガンスさを表現し続けました。 1954年の映画「麗しのサブリナ」以降、オードリー・ヘップバーンの衣装を手がけるなど、エレガントなラインが多くの女優にも愛されました。
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GUCCI / グッチ
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グッチオ・グッチによって1921年、イタリア・フィレンツェに創業されたイタリアの高級皮革製品ブランド。 2年後にはすでに2店舗めを開店し、品質保証のため、自らの頭文字を取ったモノグラム(ダブルG)を入れて製品を販売。これがブランド商品の元祖といわれています。
グッチの定番となった、持ち手に竹を使ったバンブーバッグが生まれたのは1947年。第二次世界大戦後、経済制裁によって革の輸入が困難になった際、 代用として使われたのが竹だったそうです。1940年代のパリ、ロンドンに進出し、1950年代にはもうひとつの人気アイテム、モカシンが登場。 68年にレディスウエア、70年代に香水を販売し、東京にもオープンするなど、市場を拡大していきます。 50年代に進出を果たしたアメリカでは、エリザベス・テーラー、ジャクリーヌ・ケネディら、有名人から絶大な人気を誇りました。
1980年代に入って親族内の争いが起こり、ブランドの存続も危機に瀕します。しかし、創立者グッチオの孫に当たる三代目マウリッツィオが建て直しを計り、 1990年にアメリカ人トム・フォードをレディス部門のデザイナーに起用。トム・フォードは1991年にウェアのコレクションを復活させ、フェミニンなスタイルが世界中で大ヒット。 グッチ再建の立役者となり、グッチは一大ブームにまでなりました。1993年にグッチ株は譲渡され、家族経営の道は閉ざされますが、 グッチ・グループとして、ブシュロン、イヴ・サンローラン、バレンシアガ、セルジオ・ロッシ、ボッテガ・ヴェネタと、大ブランドを次々と吸収していきました。 トム・フォードは「イヴ・サンローラン」と同時期、2004年3月のコレクションを最後に退任し、後継者には、 トム・フォードの片腕だったアレッサンドラ・ファッキネッティがレディス、メンズはナンバー2だったジョン・レイ、アクセサリーはフリーダ・ジャンニーニが就任しています。 トム・フォードがつくりあげたグッチのコンセプトは、攻撃的なセクシーさ。 ファッキネッティはどんな新生グッチを築いていくのでしょうか。
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HAVILAND / アヴィランド
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創業者はアメリカ人貿易商のダヴィッド・アヴィランド。 顧客の一人が持参した純白のカップのすばらしさに感動し、自ら窯を開くために渡仏、1842年に「アヴィランド」を創業しました。 フランスだけでなく、アメリカへの海外輸出も積極的に展開して、事業を拡大。リモージュを代表するブランドとなりました。
世界各国の王室・皇室で愛用されているほか、可憐なスミレ模様の「インペリアル・ユージェニー」は、民間ブランドでは唯一、 フランスのエリゼ宮(大統領官邸)での公式晩餐会に使われています(通常は国立窯のセーブル焼が使われるのが普通です)。 有名な映画「バベットの晩餐会」(1987年公開)の晩餐のシーンで使われているのも、この「インペリアル・ユージェニー」。 一方、ゴーギャンやコクトー、カンディンスキーら、有名芸術家を起用した、斬新なデザイン商品でも知れています。
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HERMES /
エルメス
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四輪馬車と従者にHが打ちこまれたロゴでおなじみの、超一流ファッションブランド。 最高の材料と、透徹した職人精神に支えられた最高の技術によって、シンプルで気品あふれる永遠のスタイルを生み出しています。
エルメスの創業者は、馬具の職人をめざし13歳でパリに上京したドイツ生まれのフランス人ティエル・エルメス。 1837年、36歳のとき、パリのバス・デュ・ランパール通りに開いた高級馬具の製造工房が、「エルメス」の歴史のスタートです。 パリで開かれた第2回万国博覧会(1867年)で鞍が銀賞(銅賞はルイ・ヴィトン)、ティエルの死後3カ月後に開かれた第3回万国博覧会ではグランプリに輝き、 その実力は世界中に知れわたりました。
1880年、現在地のフォーブル・サントノレ通りに工房を移転し、製造に加えて販売もスタート。 1892年には、馬の鞍を入れるための鞄“オータクロア”を発売。これが、かの有名な“バーキン”の原型です。 その後、ヨーロッパの貴族やロシア皇帝をも顧客に持つ世界的な馬車商に発展し、バッグや財布、皮小物の製造も開始。 1935年には“オータクロア”のハンドバックタイプ“サック・ア・ロア”を発表。 モナコ王妃グレース・ケリーが、妊娠していたおなかをこのバッグで隠していたことから、“ケリー・バッグ”と呼ばれるようになったエピソードは、あまりに有名です。
1937年には初のスカーフを発表し、1947年に香水、1979年には時計やアクセサリーの分野にも進出。
※プランタンでは時計、食器、香水をお取り扱いしています。
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ISABEL MARANT /
イザベル・マラン
ISABEL MARANT LIGNE ETOILE/イザベル・マラン・エトワール
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1967年、パリ郊外のブローニュ・ビランクール市生まれ。 1988年からニットのコレクション、1994年に自身の名前による初のコレクションを発表し、ヨーロッパを代表する若手デザイナーの一人に数えられています。
エスニックやオリエンタルなムードがただようデザインや、素材の組み合わせが特徴。実用的なアイテムを色や幅、丈で変化をつけ、高級素材に加工を凝らし、フェミナンな曲線づかいで仕上げています。 カジュアルなセカンドライン「イザベル・マラン・エトワール」や、アクセサリーもあります。
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IWC /
インターナショナル・ウォッチ・カンパニー
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International Watch Company(インターナショナル・ウォッチ・カンパニー)の略。 1868年、ボストンの時計製造会社社長を務めていたアメリカ人フロレンタイン・アリオスト・ジョーンズによって、スイスのシャフハウゼンに創立されました。 ジョーンズは、当時賃金が安かったスイスの労働力とアメリカの最先端技術を結びつけ、またライン川による低コストの水力発電所を利用することで、効率的で完成度の高い時計づくりを実現。 当初は懐中時計のムーブメントの性能の高さで注目を浴び、パイロットウォッチによって世界のトップブランドへと躍進しました。 現在では最先端コンピューター技術を採用した研究を進め、1968年から設置されているトレーニングセンターで職人の養成も行っています。
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JAEGER LECOULTRE
/ ジャガー・ルクルト
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1833年、スイスのジュラ山脈のふもとにアントワーヌ・ルクルトによって創業されたスイス高級時計メーカー。 現在も、時計職人たちが自然からインスピレーションを受けながら創作を続け、すべての部品を自社一貫生産している世界唯一のメーカーであり続けています。
1903年には世界でもっとも薄いポケットウォッチ用ムーブメントを開発。厚さ1.38mは今でも世界記録です。 1929年には世界最小の機械ムーブメント、1931年には現在も愛され続けている「レベルソ」が誕生。 ポロ競技中も耐えられるようにと、ケースが反転して衝撃から守る設計になっています。 「レベルソ」誕生70周年の2001年には、プラチナのケースが発表されました。 つねに時代の先を行く時計技術に、時代を超えて愛されるデザインによって、 世界中で高い評価を受けています。
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JIMMY CHOO /
ジミー・チュウ
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世界中のセレブやスターたちに絶大な人気を誇る靴とバッグのブランド。1996年にイギリスで設立されました。創立者は、英国版「ヴォーグ」でアクセサリー編集者だったタマラ・メロン。スタイリッシュでかつ履き心地のよい靴の需要があるはずと実感し、ロンドンのイーストエンドを拠点に活動していた靴職人のジミー・チュウに製作を依頼して、ブランドを設立。1996年にロンドン店をオープンしました。
華奢で繊細なデザイン、履き心地のよさで、一躍ラグジュアリーブランドとして注目を浴びることに。なかでもアメリカの人気ドラマ「Sex and the City」で、主人公役のサラ・ジェシカ・パーカーが「ジミー・チュウ」のサンダルを履いていたことから、世界中にその名が広まりました。細いピンヒールが特徴ですが、計算しつくされた安定感あるデザインのため、1日中履いていても足が疲れにくいといわれています。
2006年初めに東京にもフラッグシップショップが誕生。現在、世界に約30店舗を構えています。
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JUICY COUTURE /
ジューシー・クチュール
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1944年、アメリカ・ロサンゼルスで誕生したカジュアルブランド。 代表アイテムは、"手袋のように女性の体にフィットする"といわれ、足を長く見せるジーンズと、ウエストを絞り込み丈の短いベロアスウェットスーツ。 スウェットの概念を打ち破り、スポーティーなのに、セクシーさと女性らしさをミックスしたスタイルは、ジェニファー・ロペスなどアメリカのセレブ達にも大人気。 ロゴとハイビスカスの花をあしらったTシャツも、袖が短めでほどよく体になじみ、スタイル良く見せてくれます。
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KARINE ARABIAN / カリン・アラビアン
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カリン・アラビアンは、祖父が靴職人、父はオーダーメード紳士服テイラーというモード一家に生まれたフランス人。モード学校「エスモード」などで学び、1993年、若手クリエーターを対象にしたイエールのコンクールで入賞。ジュエリーコレクションが「スワロフスキー」の目に留まり、コラボレーション契約を結びます。その後「シャネル」でもアクセサリーを担当。2000年に、自身のブランドを設立し、アクセサリー、靴、バッグ、ジュエリーのコレクションを発表。2005年からはプレタポルテも加わりました。
彼女のテーマは、アシンメトリー(非対称)なフォームや色、素材、そしてそれらの意外な組み合わせ。現代女性に向けて、個性的なデザインと自由なシルエットの作品を発表しています。イザベル・アジャーニ、ヴァネッサ・パラディ、マドンナ、スカーレット・ヨハンソンらも愛用しているそうです。
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KENZO / ケンゾー
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創始者の高田賢三氏は、日本が誇る世界的なデザイナー(1939年生まれ)。文化服装学院を卒業後の1965年からパリに滞在。1970年にパリにブティック「ジャングル・ジャップ」(あえて差別語を使用)をオープンし、1973年パリコレクションにデビュー。旅、自然をコンセプトに、派手な色彩、花柄の組み合わせ、東洋と西洋を融合させたデザイン、民族衣装を取り入れたスタイルなど、独創的なコレクションを発表。世界のモード界に衝撃を与えました。
その後、メンズやジーンズ、子供服、香水、インテリアのラインもスタート。1999年、創立30周年を期に引退を表明。現在、レディスはアントニオ・マラス、メンズはクリストフ・ブロンダンがクリエイティブ・デザイナーを務めています
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KURT GEIGER / カート・ガイガー
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1963年にオーストリア出身のカート&イルムガード・ガイガー夫妻によって、ロンドンで設立された靴メーカー。近年は、イギリスの伝統と職人技を守りながら、ラグジュアリーでファッショナブルな作品を発表。「ハロッズ」「セルフリッジ」をはじめイギリスの主要なデパートなどに店舗を構えているほか、2005年から海外にも進出しています。レザーはもちろん、シルク、クロコダイル、スワロフスキー製クリスタルなど、素材のバリエーションとその絶妙な組み合わせが人気。Kurt Geigerのほか、Fashionistas、KG、Carvelaのコレクションもあり、幅広いスタイルと価格帯で展開しています。
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KIDOU / キドゥー
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フランスのジュエリーメーカー「コスメレド」が、0〜10歳の子供向けラインとして発表しているブランド。 クマ、キリン、ゾウ、てんとう虫、カメなどがモチーフで、ママ向けのジュエリーも製作しています。 子供向けとはいえ、イエローゴールドやホワイトゴールドなど18金を使った本格的なジュエリーばかり。 デパートなどフランス全国300カ所に販売拠点を持っています。
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KIPLING / キプリング
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モンキーのマスコットが付いたナイロンバッグで知られるブランド。 1987年、ベルギーのアントワープで創設されました。カジュアルバッグの人気ブランドとして、ヨーロッパをはじめアジア、 アフリカなど44カ国で販売されています。 「キプリング」の名前の由来は「ジャングルブック」の作者名。このイメージから、マスコットにモンキーが選ばれました。 モンキーはすべてのバッグに付いていて、その動作や表情はすべて違うそうです。
商品アイテムは多彩で、クラシックなボストンバッグから、ビビッドカラーの軽快なデザインまで。 「イフ」シリーズのトートバッグ「ヘリテージ」やミニポーチ「ドリームズ・フラワー」は、明るい黄色や赤、グリーンの花柄が躍る夏にぴったりのアイテム。 カーキ色を中心とした「ビンテージ」シリーズには、容量がたっぷりで持ちやすいリュックサックやボストンバッグなどがあります。 人間工学を踏まえた構造とデザインによって、体へのフィット感の向上や、負担の軽減を図り、使いやすく疲れない製品を提案しているのも「キプリング」の特徴です。
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LALIQUE / ラリック
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ルネ・ラリック(1860‐1945)は、アール・ヌーヴォーを代表する宝飾作家、その後のアール・デコ期にはガラス作家の巨匠として一世を風靡しました。 卓越した芸術テクニックと、未来を見据えた経営センスによって、19世紀後半から20世紀の芸術界に革命をもたらしたデザイナーです。
1876年、16歳で宝飾作家に弟子入りし、ロンドンで2年間学んだ後、1885年に自身のアトリエを構えます。19世紀後半は、宝石の大きさや価値のみが重要視され、デザインが語られることがなかった時代。 そのなかで、安価なものとみなされていた半貴石を用い、エナメル細工や七宝などの手法を取り入れ、風景や植物をモチーフにしたラリックのジュエリーは、まったく新しい芸術(アール・ヌーヴォー)でした。 1900年のパリ万博で高い評価を受け、宝飾デザイナーとしての名声は頂点に達し、1905年にはファンドーム広場に店舗を構えました。
しかしその後、ラリックのデザインの模倣やコピーが出回り始めます。これに我慢できず、またデザインをやり尽くしたと感じていたラリックは、新しい媒体を探求。 おりしも1908年、フランスで香水王と呼ばれたフランソワ・コティーが、ラリックに香水瓶とラベルのデザインを依頼。これをきっかけにガラス工芸に転身し、翌年小さなガラス工場を借り、ガラス製作に取り組み始めます。 ラリックは香水の世界にも偉大な革新をもたらしました。機械を使って仕事を簡略化し、新しいテクニックを開発。アール・ヌーヴォーの美しいデザインの香水瓶を、 誰もが手にできる価格で大量生産することに成功したのです。
1925年、パリで開かれた国際装飾・現代工業芸術展で、パリ市の依頼を受けて、ガラス製の噴水を制作。この展覧会で"アール・デコ"の言葉が生まれ、 ラリックの作品は同様式の象徴として高い評価を受けました。 厚い手がついた光沢のあるガラス製花瓶や像など、現在ラリック・スタイルと呼ばれる様式が確立したのも、1920年代半ばのことです。 また、建築材料としてのガラスの可能性も提案し、オリエント・エクスプレスの内装(1921年)、東京・朝香宮廷の玄関扉(1932年)、豪華客船「ノルマンディー号」の内装(1935年)なども手がけています。
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LAMARTHE / ラマルト
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上質なレザーバッグで知られるフランスのブランドで、1930年にアルフレッド・ラマルトによって創設されました。
フランスとイタリアで制作される高品質かつ機能的なバッグは、働く女性に人気を集め、ヨーロッパを中心に、アメリカやアジアなど400以上のショップを構えています。 ロゴは、純真さと美、力強さのシンボルであるユニコーン。
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LANCEL / ランセル
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1876年創業の老舗バッグ・ブランド。アルベール・ランセルが、パリに喫煙具商をオープンしたのが始まりです。 名声はすぐに広まり、19世紀終わりには、喫煙具のほかクリスタルや磁器、金銀器などを求める顧客が世界中から集まるようになりました。 1930年代以降は、スーツケースの外側にポケットをつけた「カンガルー」シリーズの開発、合成素材のいち早い導入など、バッグ業界にさまざまな革新をもたらしてきました。 1929年にパリ・オペラ広場にブティックをオープン。1997年からリシュモン・グループに入り、高級ブランドとしての地位をあらためて確立。 現在ではヨーロッパをはじめアメリカ、アジア、中東など世界中に100以上のブティックを展開しています。
ランセルの革製品は、上質な滑らかな革に、機能性とエレガンスを兼ね備えたデザインが特徴。赤とブルーでおなじみの10年来の定番「Palmyre」をはじめ、 持ち手に使ったキャメル色の皮革が上品な「Enjoy」、70年代のLマークを復活させた「L」、パリの地図をデザインした「アメリ」など、選択肢もデザインも豊富です。
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LONGCHAMP / ロンシャン
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走る馬のマークと、定番のナイロン折りたたみバッグでおなじみの「ロンシャン」。 現代アーティストによる独創的なコレクションも次々と発表し、機能性に加えてモダンでオリジナルなデザインにも、あらためて注目が集まっています。
「ロンシャン」の歴史は1948年、ジャン・キャスグランが設立した煙草パイプ製作会社から始まります。2年後に喫煙具アクセサリー、1955年に皮小物全般へと分野を拡大。 1970年代にナイロンの折り畳みバッグ“Xtra-bag(エクストラ・バッグ)”を発表し、コピー製品が出回るほどの大成功を収めます。 そして1975年、現在も愛され続けている“Veau foulonnee(ボー・フローネ)”のハンドバッグが誕生しました。
1993年には、“Pliages(プリアージュ)”と、植物の葦(ロゾ)の留め金がついた“Roseau(ロゾ)”を発表。“プリアージュ”は、ロシア皮とナイロンを組み合わせた折り畳み式バッグで、 機能性と耐久性を兼ね備えた画期的な製品。現在まで不変のベストセラーであり、ロンシャンブランドのトレードマークともいえます。
ロンシャンは現在、1979年に初出店した日本をはじめ、世界に約60店舗を展開。パリでは1999年、ファッションブランドが立ち並ぶにサントノーレ通り404番地に、 250m2の広さを誇るブティックをオープンしています。
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LULU CASTAGNETTE /
ルル・カスタネット
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1995年に誕生した、熊のぬいぐるみがトレードマークのファッションブランド。 思春期や若い女性のほか、赤ちゃん(LULU BABY)、2歳から14歳までの子供たち(LULU KIDS)までターゲットを広げ、アクセサリーや文房具なども販売しています。
動きやすいコットン素材を中心に、パステルカラーやフラワーモチーフ、エスニックなどさまざまなスタイルを採用。 街で、バカンス先で、スポーツにと、気軽に着られるカジュアルかつロマンチックなアイテムを提案しています。
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MARC JACOBS /
マーク・ジェイコブス
MARC by MARC JACOBS / マーク・バイ・マーク・ジェイコブス
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ルイ・ヴィトンのデザイナーとしても知られるマーク・ジェイコブズは、1953年ニューヨーク生まれ。 パーソンズ・スクール・オブ・デザインで最優秀デザイン生徒賞などを受賞し、主席で卒業。 最年少でアメリカ・ファッションデザイナー協会の新人デザイナー賞(1987年)、 アメリカのファッション業界最高賞といわれる「ウーマンズ・デザイナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞(1992年)など、華々しい業績を残した後、1993年に自身のブランドを設立。 1997年からルイ・ヴィトンのプレタポルテ、バッグ、靴のアーティスティック・ディレクターに就任。セカンドラインにあたる「マーク・バイ・マーク・ジェイコブズ」は2001年にスタート。 レディース、メンズともにアクセサリーや香水も手がけ、現在世界でもっとも注目されているデザイナーの一人です。
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MARIAGE FRERES /
マリアージュ・フレール
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フランス高級紅茶のブランドとして、知らない人はいないほどの専門店。 1854年に、マリアージュ家の兄弟エドゥアールとアンリの兄弟(フレール)によって創業された老舗です。
17世紀から続くマリアージュ家は、フランス王家の特使を務める商人の家系。 17世紀には、ルイ14世の命でインドやペルシャなどに赴いて交易の基礎を築き、茶葉の貿易交渉も始まりました。 そして1820年、マリアージュ家の息子の3人が「オーギュスト・マリアージュ・カンパニー」を設立。 1854年6月1日には、エドゥアールとアンリが、兄弟の絆を示す「マリアージュ・フレール」との社名で会社を設立したのです。
「マリアージュ・フレール」の哲学は、「お茶への情熱と美しさを探求する心、究極の洗練と完璧であることの追求」。最高級の茶葉を探求し、 栽培すると同時に、フランス料理芸術のメッセンジャーとして、"フランス流紅茶"を芸術にまで発展させてきたのです。
茶葉は世界32カ国の茶園で栽培され、その種類は450にも上ります。フレーバーティーは15年前から発表。 定番ともいえる「マルコポーロ」(果物と花のフレーバー)、バニラ風味の「ルージュ・ブルボン・ヴァニラ」、日本茶風でフルーティーな「ナイル」など、 茶葉の特性を生かして繊細にブレンドされたお茶は、世界中で楽しまれています。
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MARTIN MARGIELA /
マルタン・マルジェラ
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「エルメス」の前デザイナーとして知られるベルギー出身のマルタン・マルジェラ。 1988年にパリでデビューし、古着風のファッションでモード界に新風を巻き起こしました。グランジファッションの元祖的デザイナー、 そして90年代の新しい流れを決定づけた天才デザイナーと評価されています。
マルジェラは、アントワープ王立芸術学院を卒業後、ジャン=ポール・ゴルチエのアシスタントを務め、1988年にデビュー。 たっぷりしたシルエットが全盛だったのに対し、細めのシルエットのジャケットやボトムを提案。引き裂いたシャツ、ぼろ布を使ったスタイル、 石膏で固めた服など、次々と常識を覆すスタイルは、「デストロイト」とも呼ばれました。駅や病院でショーを行ったり、モデルの顔を布で覆ったりと、 ショーの演出にも彼の独創性が現れています。90年代には反対に大きめの服を発表し、94年からは大柄な人のために、レディス、メンズのXOサイズの製作もスタートしています。
コレクションは数字で表され、レディスのコレクションライン「1」、ベーシックなレディース「6」、メンズライン「10」、靴ライン「22」などがあります。 話題のアイテムは、数字の1を大胆にあしらったTシャツや、ペンキで加工したデニムアイテム、チョーカーとベルトが一体になったアクセサリー、大きなシルエットのレディスコート、 足袋ブーツなど。古風なのにパンク、ベーシックなラインでありながら、ひと癖あるデザインが特徴といえます。 作品コンセプトを語った写真集などの出版、真っ白に統一したショップも話題です。
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MAUBOUSSIN /
モーブッサン
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1827年に創業した名門ジュエリーブランド。 「ショーメ」「ヴァン・クリーフ&アーペル」「ブシュロン」「メレテオ・ディ・メレー」とともに、世界五大宝飾店“グラン・サンク”のひとつです。
1920年代はアール・デコ様式の作品を発表し、1930年代にはエメラルドやルビー、ダイヤモンドのコレクションを発表。色の宝石のスペシャリストとしての地位を確立しました。 1955年にヴァンドーム広場にブティックをオープン、1980年代から時計コレクションも発表。 2003年の新作「ピース・カラーズ(平和の色)」は、大きめの輝石に鮮やかな色のサファイアで彩った華やかなシリーズです。
ヴァンドーム広場のブティックの内装も、カラフルに、カジュアルに一新。ふだん使いのジュエリーにも人気があります。
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MISSONI / ミッソーニ
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イタリア人のオッタヴィオとロジータのミッソーニ夫妻が1953年に創設。 カラフルな幾何学模様、抽象柄のニットによってニットウエアの価値を高め、ニット業界に革命を起こしたブランドです。
オッタヴィオは、陸上競技の選手としてオリンピックにも出場。1948年のロンドン・オリンピックで、 英語の勉強のためロンドンに滞在していたロジータと知り合い、1953年に結婚。 ロジータの家族が経営していた工場を受け継ぎ、ニット製品を生産していました。 1958年頃から"ミッソーニ"の名でコレクションを発表。 1967年、フィレンチェで発表したシースルーのニットドレスで反響を呼び、1983年にはスカラ座の舞台衣装も手がけました。
現在は長男ヴィットリオが経営を担当、次男ルカがメンズ部門デザイナー、娘のアンジェラがレディース部門のデザイナーを担当。 伝統の模様に、ラメやスパンコールといった新素材を組み合わせた、新時代のデザインを発表しています。
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MIUMIU / ミュウ ミュウ
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1993年から発表されている「プラダ」のセカンドライン。 デザイナーはプラダ創設者マリオ・プラダの孫娘のミウッチャ・プラダで、ブランド名はミウッチャの子供時代の愛称から取られました。
ミウッチャは1978年、皮革製品専門店だったプラダのデザイナー兼オーナーに就任。低迷ぎみだったプラダを、 後にプラダの代名詞ともなるナイロン素材を使ったバッグの成功で復活に導きます。1989年にはレディースコレクションを発表し、 1993年に「プラダ」より若い層をターゲットにした「ミュウミュウ」を創設。1995年からはメンズコレクションをスタートさせました。
カラフルな色彩の組み合わせ、花柄やミリタリー調モチーフを使ったポップなデザイン、個性的なカットなど、斬新な発想を展開しながらも、 どこかクラシックな雰囲気を残したコレクションは、世界中のファンからつねに注目を浴びています。
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N2 / Nドゥー
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日本にも8店舗を構え、ファンが増加している「レ・ネレイド」のセカンドライン。
「レ・ネレイドLes Nereides」のデザイナーは、エンゾーとパスカルのアマデオ夫妻。1980年、ニースでショップを開いたのが始まりです。 5年後にパリに2号店をオープンし、世界中に店舗を展開。日本には2002年から店舗を構えています。
「レ・ネレイド」とはギリシャ神話の海の妖精のことで、ロマンチックなイメージがデザインやパッケージに反映されています。 すべてハンドメードで、さまざまな素材を重ね合わせた緻密なデザインが特徴。 豊かな自然に見せられてデザインの勉強を始めたというエンゾーのバックグランドを反映して、花や葉など自然モチーフは定番。 コットンやオーガンジー、パールなどを組み合わせた華やかなラインもあります。
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NINA RICCI /
ニナ・リッチ
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1932年、マダム・リッチが、息子のロベルト・リッチとともにパリに創設したオートクチュールのブランド。 現在はプレタポルテからバッグなどの革製品、ジュエリー、香水、ランジェリーと、幅広い商品を発表しています。 どんな時代にもつねに女性らしいラインを求め続けるデザインは、パリのエレガンスの象徴といわれています。
1946年には香水を発表し、"L'Air du Temps(レール・デュ・タン)"が大成功を収めます。 1979年から、高級ブティックが建ち並ぶモンテーニュ通りに本社とブティックを構え、プレタポルテやアクセサリー市場にも進出。 1987年には、ロベルト・リッチが、1970年に87歳で逝去した母をたたえるために香水Ninaを発表しました。 1998年から、スペインのグループPUIGの傘下入り。2001年に発売された香水"Premier Jour"(最初の日)は、名前が示すとおり、新生ニナ・リッチを象徴する香水です。
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OMEGA / オメガ
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世界で知られる高級時計メーカー。 1848年、23歳のルイ・ブランがスイスのラ・ショー・ド・フォンに懐中時計の組み立て工房を開いたことから、その歴史は始まりました。 二代目の時代に拠点をビエンヌに移し、部品作りから組み立てまでの一貫体制を築きました。 社名の由来は、「これ以上の到達は不可能」を意味するギリシャ語アルファベット。 1894年に、オメガという名前を付けたムーブメントが発表されています。
オメガのクオリティーは、歴史に残るさまざまな場面で証明されてきました。 まず1932年、ロサンジェルス・オリンピックの公式タイムキーパーに選出されたこと。 その後もオリンピックのほか、陸上や水泳、ゴルフ、ヨットレース、ダイビングの公式大会で使用されています。 また1965年、宇宙開発を進めていたNASAのテストで、宇宙空間に耐えうる時計として、唯一合格したのも、オメガの「オメガ・スピードマスター」。 1969年、アポロ11号の月面着陸、トラブルに見舞われたアポロ13号の地球帰還を支えたほか、 宇宙センター「ミール」、1978年の新スペースシャトル計画の公式クロノグラフにも選ばれています。
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PAUL&JOE / ポール&ジョー
PAUL&JOE SISTER/ ポール&ジョー シスター
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ポール&ジョーは1995年、フランス人女性デザイナーのソフィー・アルブーが、2人の息子の名前を冠して創設したブランド。 定評のあるプリント柄のシャツをはじめ、飾りすぎないフェミナンさを演出してくれるアイテムが特徴です。
ソフィー・アルブーは、モード学校を卒業し、アゼディンヌ・アライアの下で働いた後、高級シャツブランド「LA GARAGE(ラ・ガラージュ)」に入社。 6年後の1995年に独立し、メンズブランドPAUL&JOEを設立。1997年、顧客の要望にこたえてレディースラインを発表し、特徴あるプリント柄や、 やわらかいシルエットを生み出す高品質なシャツが話題となります。2002年にはコスメティックライン"PAUL&JOE BEAUTE(ポールアンドジョー・ボーテ)"も誕生しています。
シャツブランドの出身だけあって、特徴はやはり個性的で質の高いシャツ。植物や花をモチーフにしたプリント柄や、さりげないリボンづかいなど、 シンプルさの中にかわいらしさが光る、大人のカジュアルにぴったりのブランドといえるでしょう。
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PAUL SMITH /
ポール・スミス
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ファッションデザイナーとして2人目となる、ナイト爵位(sir)の称号を持つポール・スミスは、1946年イギリス・ノッティンガム生まれ。 「classic with a twist(ひねりのあるクラシック)」と自ら表現するように、イギリスの伝統的な仕立てを貴重にしながら、着心地がよく、遊び心と高級感あふれるデザインが特徴です。
ポール・スミスは、レーサーを目指して15歳で学校を自主退学。事故で夢を断念し、入り浸っていたパブでアート系の学生たちと知り合ったのが、アートとの接点の始まりでした。 その後、平日はテーラード店の店員、週末はその店の一部で商品を売る生活を続け、1970年に会社を設立。1977年、パリで初のショーを開催し、 1979年、借金の末に念願のショップをコベントガーデンにオープンします。その後ロンドン、東京などへ進出。コベントガーデンのショップは、 オープンから10年間で、隣接する10店を次々と買い取って発展していきました。
コレクションは、メンズ、レディス、ジーンズ、バッグや時計、サングラス、香水など。レディスコレクションは2004年春夏から、デザイン性のもっとも高い「ブルー」、 テーラリングを中心にした「ブラック」、カジュアルラインの「ピンク」の3つに分かれています。また、イタリア「カッペリーニ」社の家具や、 ローバー社の車「ミニ」のデザインも手がけるなど、さまざまな分野でポール・スミスの世界が展開されています。
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PETIT BATEAU /
プチ・バトー
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フランス人のだれもが幼い頃から親しんでいる定番ブランド「プチバトー」。 1893年、シャンパーニュ地方トロワの肌着メーカーとして誕生し、1918年に、創設者のピエール・ヴァルトンが赤ちゃん用の短いパンツを発表。 100%コットンの動きやすい画期的なパンツは、1937年の万国博覧会で金賞を受賞するなど大好評を博し、1920年に社名を「プチバトー」とあらためました。 この社名の由来は、ヴァルトンの息子が「ママ、水の上にいる小さな船(プチ・バトー)に足はあるの?」と尋ねたことから来ているそうです。
その後「プチバトー」は、赤ちゃんに着せやすいえりぐりの肌着や、タオル地のパジャマ、コットンと麻を併用した冬用下着など、斬新なアイデア商品を次々と発表。 “第二の肌”と呼ばれるほど、その着心地や肌触りの良さには定評があります。
1994年からは、Tシャツサイズを18歳まで拡大。スーパーモデルがシャネルスーツのインナーとして使用したことから、大人の女性の間に一気にブレイクしました。 着心地がよく、豊富なカラーをそろえるティーシャツや肌着は、赤ちゃんや子供だけでなく、おしゃれなママたちの強い見方でもあるのです。
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PHILOSOPHY BY ALBERTA FERRETTI / フィロソフィー・バイ・アルベルタ・フェレッティ
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1950年生まれのイタリア人女性デザイナー、アルベルタ・フェレッティのカジュアルライン。 ナチュラルで軽やかなアーバンスタイルを提案しています。
フェレッティは、洋裁店を営む母親の元で遊びながら裁縫を覚え、1968年にブティックをオープン。1974年に「アルベルタ・フェレッティ」のブランド名でコレクションを発表、 1981年にミラノコレクションに初参加しました。 「フィロソフィー・・・」設立は1984年。1999年にはスポーツライン「アルベルタ・フェレッティ・テック」をスタートしました。 90年代後半からニューヨークやロンドンにも進出し、東京には2000年にショップをオープンしています。
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PIAGET / ピアジェ
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ダイヤモンドやプラチナをちりばめたジュエリー時計といえば、「ピアジェ」。 1874年、スイス・ジュラ地方でジョルジュ=エドアール・ピアジェによって創業された、もっとも古い高級腕時計ブランドのひとつです。 現在も熟練した職人による自社一貫生産を続ける希少なメーカーでもあり、高度な技術力を必要とされる超薄型の複雑時計の分野においても、比類なき名声を博しています。
ピアジェの出発点は、高級時計メーカー向けのムーブメント製造でした。自社ブランドの高級時計を発表したのは1940年。 1957年に、超薄型ムーブメント・キャリバー9Pを開発し、翌年にはキャリバー12Pで特許を取得します。1960年代に入ると、 文字盤に半輝石を使用した時計を開発し、1990年にはジュエリーのラインを創設。 「ピアジェ」の完璧な技術と芸術性の追求があってこそ、時計がジュエリーとしての価値を持ち、芸術品にまで高められたと言っても過言ではないでしょう。
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PILGRIM / ピルグリム
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アンティーク風アクセサリーが人気のデンマークのブランド。 伝統的な宝石デザインや歴史から影響を受けながら、小花や星、マトリューシュカといったチャーミングなモチーフを、クールにアレンジ。 ラインストーンを飾ったスターピアス、白と若草色の花がかわいいクリスタル・リボンネックレス、大胆に蝶をあしらったバタフライ&パールネックレスなど、 控えめながら、存在感は充分です。
素材はメタル合金ですが、その上から本物のシルバーやゴールドでめっきをかけ、ジュエリーのゴージャスさと、アンティーク風な鈍い輝きを生み出しています。 ヨーロッパ各国のほかアメリカ、オーストラリアなどで定着した人気を得ています。
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PRADA / プラダ
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ナイロン製バッグが定番中の定番となったイタリアのブランド。 1913年、マリオ・プラダがミラノに創業した皮革製品店がブランドの始まりです。高品質と職人の高い技術が評判となり、まもなくイタリア王室御用達に。 1958年にマリオ・プラダが亡くなった後、しばらく低迷期が続きましたが、1978年、孫娘ミウッチャ・プラダが経営を継いだ直後、ナイロン製バッグを発表。 軽くて強いバッグは、現代女性の需要に合って、大ヒットとなります。
その後、1988年にレディースコレクション、1992年にはセカンドライン「ミュウミュウ」(ブランド名はミウッチャの子供時代の愛称から)、1994年からメンズコレクションをスタート。 2004年から香水とジュエリーの分野にも進出しています。2003年に東京・青山にオープンした直営店は、ガラス張りのビルに、 オブジェのようにアイテムを陳列したプレゼンテーションなど、世界中で話題になりました。
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RADO / ラドー
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1917年に創業したスイス時計メーカー。 1962年、業界で初めてハードメタル(超硬合金)を開発し、それをケースに使用したスクラッチプルーフ(耐傷性)時計「ダイアスター」によって、時計の常識を覆しました。
ハードメタルとは、工具製造や蹄鉄の滑り止めに使われていた素材を、ラドー独自の技術に磨き上げた新素材で、 ほとんど傷がつかないといわれています。2002年には、「ダイヤスター」誕生40周年の記念モデルも販売されました。 ダイヤモンドに迫る硬度をもつサファイアガラスを施した風防、最高のフィット感、シンプルなデザインなど、 不変の美しさの追求こそが、ラドーのポリシーといえます。
現在、世界中に250を超えるサービスセンターと、8000もの販売拠点を抱え、世界のトップブランドとして君臨。 1983年からスウォッチ・グループの傘下に入っています。
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REPETTO / レペット
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バレエシューズの代名詞ともなっているこのブランドは、クラシックバレエ用品とウエアのヨーロッパ・トップメーカー。パリのモンマルトルでレストランを経営していたイタリア人女性ローズ・レペットが.1947年、ダンサーだった息子の依頼を受けてバレエシューズのアトリエを開いたことが始まり。この息子とは、フランスが誇る振付師ローラン・プティ。まもなくウエアの製造も始め、世界のバレエ団やスターダンサーから注文を受けるまでの人気となりました。
「レペット」の名をさらに広めたのは、1948年から生産を始めたという、バレエシューズ・スタイルのシューズ。かわいらしい形に加えて、トゥシューズの伝統技術に裏付けられた履きやすさと軽さも、人気の秘密です。現在では、ヴィンテージ風のバレエシューズ、ソシアルダンスをイメージしたサンダル、メンズ用なども。「レペット」ファンとして知られる有名人はブリジット・バルドーとセルジュ・ゲンズブールで、バルドーは映画のなかで身に着け、ゲンズブールはどんな服装にも「レペット」を合わせていたそうです。
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SATELLITE / サテリット
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小さなビーズのピアスから、天然石の指輪、エスニックなペンダント、クリスタルにビーズを編みこんだ繊細なネックレスまで、 幅広いラインナップが魅力のブランド。創立は1986年、創設者はサンドリーヌ・デュロン。 民族学者だったサンドリーヌは、世界中を旅しながらアンティーク・ジュエリーを収集していましたが、やがてジュエリー製作へと興味が移行。 最初は友人のためにデザインし、やがてパリのブティックにも卸すようになり、ついに一ブランドへと発展したのです。
サンドリーヌ・デュロンの作品は、民族学的な視点に、旅の記憶などが重なり合って生まれます。 もっとも得意とするエキゾチックなデザインも、ゴージャスかつカジュアル、エレガントと、さまざまな印象が混ざり合っているのが特徴。 また、「スワロフスキー」のクリスタルをビーズで編みこんだネックレス、輝石を使ったシリーズにも定評があります。
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SERGIO ROCCI /
セルジオ・ロッシ
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イタリアのロマーニャ地方で生まれた高級靴ブランド。1950年代、靴職人だった父親の跡を継いだセルジオ・ロッシが創立しました。細くて繊細なヒール、蛇柄やハラコなどの多彩な素材、絶妙な色の組み合わせ、足をきれいに見せる細めのカット、エレガントなデザインで、多くのセレブリティーにも愛用されています。
幼い頃、お気に入りの場所は父親の工房だったというセルジオ・ロッシは、すべて手でつくられる靴の伝統技術を見て育ちました。「セルジオ・ロッシ」ブランドが大きく発展したのは1980年代。バッグや紳士靴のコレクションをスタートし、ヨーロッパの主要都市に出店。「ジャンニ・ヴェルサーチ」「ドルチェ&ガッバーナ」といったメゾンのための靴も製造するようになりました。セルジオ・ロッシの技術とオリジナル性を先駆けて評価していたのはジャンニ・ヴェルサーチで、1960年代終わり、コレクション発表の際に自身の靴を依頼しています。
1990年代からアメリカ、アジアへも進出。1999年からグッチ・グループ傘下に入っています。
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SONIA RYKIEL /
ソニア・リキエル
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ストライプ柄でおなじみ、“現代のココ・シャネル”とも呼ばれるフランス人デザイナー(1930年生まれ)。 日常着とされていたニットを、女性の体を引き立てるおしゃれ着として定着させたことでも知られます。
20歳で結婚し、専業主婦だったソニア・リキエルのデザイナーとしての出発点は、自分のためにデザインしたマタニティー・ドレス。 これが話題となり、夫が経営していたブティックに、自分が着たい服をデザインするようになりました。1968年、パリのグルネル通りに初のブティックを開店。 アメリカの雑誌が“ニットの女王”として取り上げ、ニットのプルオーバーは高い評判を得ました。1969年にもパリ市内にブティックをオープン。日本をはじめ海外にも店舗を拡大していきました。 自分が着たい服にこだわるソニア・リキエルのモットーは「Demode / デモード(=脱流行)」。作家、女優としても活躍し、1983年にはフランス文化賞から芸術文化勲章を受章しています。
現在、芸術ディレクターを務める娘のナタリー・リキエルが長女を出産したのを機に、1987年、子供服「ソニア・リキエル・アンファン」を発表。同年に化粧品、 1990年にはメンズのラインをスタートしました。 スポーツウエア「インスクリプション・リキエル」(現在「ソニア/ソニア・リキエル」)など、ナタリーも次々と新ラインや商品を開発、幅広い展開を続けています。
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SWAROVSKI /
スワロフスキー
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「クリスタル・カット・ストーンの代名詞」とも呼ばれるスワロフスキーのクリスタルガラス。 白鳥のロゴマークや、動物をモチーフにしたアクセサリーがおなじみです。
創始者のダニエル・スワロフスキーは、オーストリアのウィーンで、ハンドカットクリスタル職人の息子として生まれ、 1892年、クリスタルストーンを研磨するための機械を発明。それまでの手作業から、より精巧ですばやいカットを可能にし、クリスタル界に新時代をもたらした人物です。
商品ラインは、コレクター用オブジェからジュエリー、シャンデリアなどのために使用されるクリスタル・ジュエリー・ストーンや半加工製品、双眼鏡のレンズまで。 精巧なカット技術と研磨技術、最高の素材によって、各業界で高い評価を得ているトップブランドです。また卓越したデザイン性、色の美しさで、ジュエリーの分野でも人気を誇っています。
スワロフスキーの本社は、1895年以来、アルプスの山々に囲まれたチロル地方ワテンズにあります。 “自然との調和”は同社のポリシーであり、世界の自然保護のために積極的に活動していることでも知られています。
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TIFFANY / ティファニー
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シルバー・ジュエリーや6本爪の婚約指輪で世界中に知られるアメリカの老舗ジュエリーブランド。 その歴史は1837年にさかのぼります。チャールズ・ルイス・ティファニーが、友人のジョン・B・ヤングとともに、ニューヨークのブロードウエイ259番地に、 文具などを販売する 「ティファニー&ヤング」をオープンしたのが始まりで、1953年に社名をTiffany&Co.と改称しています。
1851年にシルバー製品を発表。クラシックでエレガント、かつ個性的なチャールズ・ルイス・ティファニーの作品は注目を集め、 ニューヨーク上流階級の人々が顧客に名を連ねるようになります。ティファニーが使った純度92.5%のスターリングシルバーは、 後にアメリカの公式純度基準になっています。1861年のリンカーンの大統領就任式でデザインを依頼され、1867年のパリ万博では優秀賞を受賞。 アメリカ企業がヨーロッパの審査員から認められたのは初めてのことだったそうです。また値引き交渉なしの販売、商品カタログの製作など、 アメリカ初といわれる画期的な商法も取り入れました。
また、世界中に知られたシンボルカラー「ティファニー・ブルー」は、クラフトマンショップそしてエレガンスを象徴する色として、1837年から採用されています。 6本爪でダイヤモンドをとめ、輝きを最大限に引き出したティファニー・セッティング(特許取得)の婚約指輪は、1866年発表というロングセラーです。 この婚約指輪の新バージョン「ルシダ」、19世紀の懐中時計をベースにした「ティファニー・マーク」など、ティファニーが追求する究極のクラシックとエレガンスは現代も継承され、 世界中で愛され続けています。
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TOD'S / トッズ
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底にに突起のついたドライビングシューズで知られる、イタリアの高級革製品ブランド。その歴史は、 1920年代初頭、フィリッポ・デラ・ヴァッレが設立した小さな靴工場にさかのぼります。 1970年代、孫のディエゴによって「トッズ」ブランドがスタート、1979年、初のレザーモカシンが発表されました。 これは、自動車メーカー「フィアット」の当時の社長から「車を快適に運転できる靴」との注文を受けて誕生したもの。「トッズ」のトレードマークとなった、 底についた133個のゴム突起が、運転する際に威力を発揮するのです。
製法は現在も変わらず、厳しい検査を通った革を、熟練した職人によってほぼ手縫いで仕上げられています。イタリアの伝統を踏まえた、スポーティーかつ高級感あふれるデザインで、 多くの著名人にも愛用されています。
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VALRHONA / ヴァローナ
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世界中の洋菓子や料理界のプロがこぞって原料に愛用しているチョコレート・ブランド。1924年、フランス南部ローヌ地方に設立されました。1986年からは、プロだけでなく、一般消費者向けの商品も販売しています。
「ヴァローナ」は、カカオ豆の買い付けからブレンドまで、仲介業者を通さず、すべて自社で行っています。世界各地の産地で最高品質のカカオ豆を探し求め、プランテーション(栽培者)と栽培・収穫・発酵などの方法を研究。看板商品である“グラン・クリュ”は同一地方のカカオ豆のみ、“ショコラ・ド・ドメンヌ”はひとつのプランテーションで栽培したカカオ豆のみを使用した最高級チョコレートです。また6〜8種類のカカオをブレンドした“ショコラ・クラシック”のように、伝統製法に基づいた独自のブレンド技術によって、さまざまな香りと味わいも生み出した商品もあります。
一般向けの商品では、板チョコやキャレ(ミニ板チョコ)のほか、アーモンドやヘーゼルナッツをチョコレートで包んだ“エキノックス”も人気商品です。
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VAN CLEEF & ARPELS /
ヴァン・クリーフ&アーペル
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ダイヤモンドに花や蝶などの甘いモチーフを取り入れた、独創性と高級感を併せ持ったデザインが魅力の「ヴァン・クリーフ&アーペル」。宝石商とダイヤモンド研磨工の血を引くアーペル3兄弟と、 義兄のアルフレッド・ヴァン・クリーフの4人によって、1906年、パリのヴァンドーム広場に創業されました。
このブランドを世界的に有名にしたのは、イラン王妃載冠式のために製作したクラウンでした。その後、多くの王室や女優たちを華やかに彩っていくことになります。もっとも有名なエピソードは、 モナコ公国大公レーニエ三世が1955年、婚約前のグレース・ケリーのために選んだ真珠のセット・ジュエリー。 結婚前に出演した映画「上流社会」で、グレース・ケリーが着けている12カットのエメラルド・カットのダイヤモンド婚約指輪も、「ヴァンクリーフ&アーペル」だといわれています。
最高級のダイヤモンドをさらに引き立てる、幾何学的なデザインや繊細で愛らしいモチーフ、輝きを増すために宝石を爪を使わずに留める独自の技術……老舗ならではの伝統と、 飽くことのない美の探求心こそ、 厳しい審美眼を持った顧客たちに驚きを与えつづける原動力といえるでしょう。 「アクアレル(水彩画)」「プランタン(春)」「オロール(オーロラ)」などと名づけられたジュエリーは、その光と色の輝きとともに、永遠の夢を運んでくれているのです。
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VANESSA BRUNO /
ヴァネッサ・ブリューノ
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スパンコール付きトートバッグといえば、「ヴァネッサ・ブリューノ」。シンプルでカジュアル、かつ女性的なラインのデザインは、 日常のコーディネートにも合わせやすく、パリジェンヌにも圧倒的な人気。日本でもおなじみ、丈夫なキャンバス生地に小さなスパンコールを敷き詰めたトートバッグは、 コピー商品があちこちで出回るほどの大ベストセラーです。
バネッサ・ブリューノは、母親がドイツ人トップモデル、父親はプレタポルテ・ブランドの創始者という、一流ファッション業界の中で育っています。 1990年にダニエル・ヘッチャーのコレクション責任者となり、1996年、24歳で自身のブランドを設立。 2003年には、自身の娘さんからインスピレーションを受けたという、子供服のコレクションも発表しています。
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YVES SAINT LAURENT /
イヴ・サンローラン
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クリスチャン・ディオールの後を継ぎ、モード界の帝王といわれたフランス人デザイナー(1936年生まれ)。 18歳の時からクリスチャン・ディオールの下で働き始め、1957年、ディオールの急逝を受けて後継者になりました。 1960年の徴兵と同時にディオールを去りますが、2年後に自身のオートクチュール・メゾン「イヴ・サンローラン」を創立。 このときロゴを依頼したのは、近代ポスターの第一人者カッサンドラ。 Y、S、Lを組み合わせた美しいロゴは、このときに生まれました。そして66年、既製服の将来的な発展を見越して、プレタポルテ「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ」をパリ6区にオープン。 それまでセーヌ川右岸が中心だったパリのファッション界において、左岸進出の先駆けとなりました。
60年代はモンドリアン・ルック、シースルー、70年代には贅沢かつ幻想的な作品を発表し、モード界の帝王と呼ばれるまでに。85年には国家に功績があった人々に贈られるレジヨン・ドヌールも受賞しています。 サンローランの真髄は、奇抜なテーマというより、ダークな色の使い方とカラーコーディネーションのバランス。 カトリーヌ・ドヌーブのステージ衣装からプライベートの服まで、すべてをデザインしたことでも知られます。
20世紀後半に、イヴ・サンローランは変革の時期を迎えます。1999年にグッチ社に買収されたのを機に、オートクチュールのデザインはイヴ・サンローラン、「リヴ・ゴーシュ」はトム・フォードが担当することに。 そして「ファッション業界が、芸術性より商業的に支配されている」と、2002年1月のオートクチュール・コレクションを最後に引退。 その後もトム・フォードは数々のヒットを出しますが、4年間の契約が終了した2004年3月に辞任。 レディースのデザイン・ディレクターを務めていたステファノ・ピラーティが就任し、2005年春夏コレクションでデビューしたばかり。 サンローランの得意とした色やデザインを、より大胆なフォームで再生させた、新サンローランを思わせるコレクションを発表しています。
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YVES SALOMON /
イヴ・サロモン
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1920年にパリで設立された高級毛皮・プレタポルテのブランド。高級毛皮コレクションのほか、オリジナルコレクションとしては、プレタポルテ、ファッション雑貨(帽子、マフラー、バッグ)、トレンディーでカジュアルなラインMeteo(メテオ)を発表。ジャン=ポール・ゴルチェらにも毛皮製品を提供しています。
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