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petit pont / アン・プティ・ポン |
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フランスの時事情報、旬の話題を満載した、日本とフランスを結ぶ”小さな掛け橋”コラム |
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| vol.114 / fevrier 2010
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偉人たちが眠る場所
『異邦人』などで知られるフランスのノーベル文学賞受賞作家アルベール・カミュ。1960年1月4日、交通事故で46歳の生涯を閉じ、今年でちょうど没50年を迎えました。サルコジ大統領は、「没50年の象徴」として、カミュの遺骨をフランスの偉人たちが眠るパンテオンに移したいと表明していましたが、「人気取りのために利用している」といった左翼陣営の批判や、遺族の慎重な姿勢もあり、どうやら立ち消えになっているようです。
このパンテオンは、リュクサンブール公園の東、カルチエ・ラタンと呼ばれる学生街にあり、空に向かってそびえるドームはどこからでも目に入ります。ローマの「パンテオン」やパリのマドレーヌ寺院と同じく、新古典主義と呼ばれる建築様式で、左右対称のバランスの取れた正面の姿は、荘厳です。古代ギリシャ建築のひとつであるコリント様式の円柱がずらりと並び、柱の頭部には、とても美しい葉の装飾も見えます。パリを代表する歴史的建造物ですが、観光客もパリの住民も、入ったことがない人が意外と多いのではないでしょうか。訪れてみると、フランスの偉人たちが祀られていることもあって、フランス人のグループや学生が多いことに驚かされます。
パンテオンはもともと、ルイ15世の命で建てられたキリスト教の大聖堂でした。ルイ15世は、重病を克服できたのは、パリの守護聖人とされる聖ジュヌヴィエーヴへの祈願のおかげと考え、この聖女に捧げる大聖堂を建築させたのです。1755年、建築家スフロの設計によって建設が始まり、1790年に完成。フランス革命時にフランスの偉人たちを祀る墓所に。その後、教会として使われた時期もありましたが、1885年から国立の霊廟となりました。
納骨堂は地下にあり、パンテオンを設計したスフロ、小説家のヴィクトル・ユゴーやエミール・ゾラ、フランス革命期の思想家ヴォルテールやマラ、ノーベル物理学賞を受賞したキュリー夫妻らが眠っています。シラク前大統領の時代には、1996年には文化大臣も務めた作家アンドレ・マルロー、2002年に小説家のアレクサンドル・デュマの墓が、パンテオンに加わっています。
偉人たちの霊廟としての役割に加えて、パンテオンは、歴史の重大な“証人”でもありました。1851年、地球の自転を証明する、フーコーによる振り子の実験が行われた場所だからです。ドームの天井から、67mのワイヤーに28kgのおもりが吊るされたそうです。通常は、ドームの真下に、時間を表す円盤と振り子が展示されていますが、現在は残念ながら、床の修復作業中のため見られません。とはいえ、床のモザイクをひとつひとつ、塗りなおしている作業の様子を間近で見るのも、また興味深いものです。
写真上: パンテオンの正面
写真下左:フーコーの振り子が、このドームの天井から吊るされました。
写真下右:壁には、聖ジュヌヴィエーヴの生涯や、キリスト教にまつわる物語などを描いた作品が飾られています。
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